秀808の平凡日誌

第壱拾蜂話 激震


「すごい…ここが天上界か…」

 ランディエフ達8人は、アシャーの『タウンポータル』のおかげで今天上界にきたばかりであった。

 天上界の景色は美しい。気分を害するような景色はどこにも見当たらなかった。

「さ…ここが天上界の大宮殿ですよ、みなさん」

アシャーの指し示した方向には、ブルンネンシュティグの城と同じぐらいの巨大な建造物が建っていた。

 宮殿の柱は水晶のように透き通っており、窓のガラスには赤や青などの様々な色彩の装飾が施されていた。

「あの中に地上を見るための観測機があります。行くついでに、宮殿内をご案内いたしますよ」

 そう言ってアシャーが歩き出そうとした時、宮殿の中からアシャーを見つけた天使兵が大急ぎで走り寄ってきた。

「あ、アシャー様!大変でございます!」

「どうした?落ち着いて話してみろ」

 天使兵は上空を指差しながら、大変な事態を口にした。

「墓場が…『エンジェルス・グレイヴ』がこちらに落ちてくるみたいなのですよ!!」

「何…」

 その天使兵の言葉に、アシャーは絶句し顔が青ざめはじめている。

 その様子を理解できていないヴァンが、アシャーに聞いた。

「な、何なんだ?その『エンジェルス・グレイヴ』ってのは?」

 アシャーが苦痛の表情で答えた。

「かつて2000年前までは。我等天使達の墓場として重要な役割を果たしてきた場所であり、2000年前に起きた戦争で徹底的に破壊され、この天上界の更に上空に漂い続けている場所だ。」

「それが落ちてくると、どうなるのだ?」

 ファントムが、口に手を当て考え込みながら聞いた。

「『エンジェルス・グレイヴ』の大きさは軽く10キロに及びます。あんなものが落ちてくれば少なくとも天上界は壊滅状態、最悪…地上にも多大な被害が及ぶ」

 その言葉に、この場にいた全員が絶句する。

「しかし、なぜそんなものが動き出したんだ…?厳重な監視をされていたはずなのだが…」

「…今は考えていてもしょうがない、それをどうすれば被害は食い止められる?」

 今は原因を考えていてもしょうがないと悟ったのか、ランディエフが問う。

「『エンジェルス・グレイヴ』の中心部には、上空まで移動させるのに使った動力部があります。それを停止させればいいのですが…」

「…何か、問題でも?」

「仮に止められたとしても、あまり地上に近づきすぎていた場合は引力に引き寄せられ、激突するまで止まることはありません。その場合は…動力部を暴走させ、大爆発を引き起こすしかありません…」

 しかし、その方法は天使達にとって、苦難の選択であることを理解していた。

 動力部を爆発させ、それを砕くということはすなわち、祖先の遺骸を跡形もなく吹き飛ばすことになる。

「…苦難の選択ですが、天上界の天使達もわかってくれるでしょう…」

「それで、私達はどうすれば?」

「砕くのを手伝ってもらえれば、大いに助かるのですが…貴方達を巻き込むわけにはいきません…」

 その言葉を、ラムサスがいつもの軽い口調で返した。

「なぁーにいってんだよ、もし失敗したら地上にも被害がでるんだろ?そんなら、俺達にも大いに関係あるさ、砕く作業ならここにいる全員が賛成してくれると思うぜ」

 アシャーの蒼い瞳に、希望の火が灯ったのをランディエフは見逃さなかった。

「…だが、そこへはどう行けば良い?」

 だがその問題は、近くの天使兵によって解決する。

「ご安心を、私のタウンポータルで一瞬でご案内できます」

「ほう…」

「準備ができましたら言ってください。送りますから」

 そして皆、自分の武器防具の確認をし始めた。



『エンジェルス・グレイヴ』が落下してきているという報告を受け、大天使の一人、ダグ・アルドリッチは部下達を連れて一足先に着いていた。

「…いつみても、哀しいとこだな。ここは…」

 ダグはつい先日天上界へ帰ってきたばかりであった。まさか、かえってすぐにこんな事態になろうとは…休暇明けの転勤みたいなものだ。

 その心境を悟ったのか、部下の一人が声をかける。

「大変お疲れでしょうけれど、これが落ちれば、ここに眠っている仲間達以上の犠牲を出すこととなります、どうかご理解を」

 その部下の声は上ずっている。緊張がほぐれていないのだろう。

「もうちょっと、地上で人間の女性と遊んでおけばよかったかな」

 緊張をほぐらかすつもりで言ったのだが、思ったより効果があったのか、部下の全員がクスクスと笑い出す。

「…これが終われば、また地上へお戻りへなるので?」

「…だろうな、まだ行った事の無い未開の地もある。おまえ達も特別に同行を許してやろうか?」

 ダグの言葉にまた笑いが洩れた。

「…さて、冗談はこの辺にして、さっさと終わらせてしまおう」

 そう言い、飛び立とうとした瞬間、遠くで何かが光った。

「…?なんだ?今の光は…」

 それを言い終わると同時に、光った場所から光の輪が無数に襲来し、右にいた部下の体を貫いた。

 すかさずダグは下がり、部下達に命令をする。

「っ!皆下がれ!敵襲だ!」

 そして今は亡骸と化している部下の食らった傷を見、呟いた。

「これは…『ホーリーサークル』?いや、まさか…」

 『ホーリーサークル』は天使だけしか使うことのできない術である。天使がこの破砕作業の邪魔をするとは到底思えなかった。

 だが、その疑問は部下の放った言葉によって解決する。

「だ、ダグ様!何かが高速で接近してきます!」

 ダグがその部下と同じ方向を見た。

 人間に鳥の翼が生えたような容姿、しかしその翼の片方は根元から折れ、えらく不自然なように見える。

 その姿は、天使以外にはありえなかった。

「まさか…こいつらが?」

 ダグは、誰もが思っていた疑問の答えを今、得たのだ。

 


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